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仕事をしながら転職活動実施。パソナキャリアの担当者には心から感謝

 

 

 

転職前の年収:300万円 => 転職後の年収:500万円
職種:制御系プログラマー、システムエンジニア
面接を受けた会社:10社
登録した転職サイト:パソナキャリア

 

新卒入社時代もOJTのみで研修は無し

私は、理工系の大学を卒業後、制御系システムエンジニアを目指して、制御系システムを得意とするソフトウェア会社に就職しました。

社員20名程度の小さな会社でいわゆるベンチャーだったので、新人研修というものはなく、入社直後に、ハードとデバッガーを与えられ、制御プログラムをコーディングしました。いわゆる、OJTによって実践的なスキルを身につけました。

1年間は会社に泊まり込むなどのハードワーク

仕事はかなりハードワークで会社に泊まり込んだり、休日返上で仕事し、なんとか納期に間に合いました。しかし、私は大学の研究室でも論文を書くために、泊まり込んでいたので、社会人になっても、学生時代と同じような感覚で仕事に取り組んでいました。

給与面も残業代込みの年俸制だったので、いくら働いても給料はほとんど上がりませんでしたが、あまり気にせず1年間働きました。

そのおかげで、制御系に特化したOSやドライバ、ミドルウェア、アプリケーションについてのスキルを身につけることができ、2年目からは、開発リーダーとして仕事をするようになりました。

外出する機会が増え、あることに気がつく

リーダーになると、客先に行く機会が増え外の世界を見始めました。そして思ったのです。

「うちの会社なんかおかしい」

会社に泊まって仕事するのが当たり前という考え方は、仕事の仕方としておかしいと思うようになったのです。つまり、客先で開発する製品の仕様を決める打ち合わせをすると、だいたいの難易度や必要人員が分かり、工期が見えてきます。その工期に従って、見積額を算出します。見積額の調整をして、受注となります。

ですから、初めから泊まり込みや休日返上をしないと納期に間に合わないというのは、明らかに工期の見積りが間違っているか、利益を増やすために人員を削っているからだと分かったのです。

人員削減の事実を知り、転職を決意

そして、2年目が終わる頃、自分の会社が利益を出すために人員を削っていること分かり転職を決意しました。しかし、仕事は相変わらず忙しく、転職活動をする時間も体力もなかったので、インターネットの広告で目にした、人材紹介会社に登録し、転職コンサルタントの支援を受けることにしました。

人材紹介会社はパソナに決定

私が最初にしたのは、人材紹介会社選びでした。パソナ、インテリジェンス、リクルートの転職サイトに私の履歴書と職務経歴書を送り、面談に行きました。私の仕事の内容や目指す方向について話し合い、パソナキャリアに決めました。

決めた理由は、2点があります。

1.3社の中で、パソナキャリアの担当者が最も制御系システムに理解があったから。
2.担当者は、決して口がうまい人ではありませんでしたが、話し方に誠実さがあり、
きっと、私の代わりに、私を企業に売り込んでくれると思ったから。

そして、私は仕事を続けながら、同時に転職活動もすることになったのです。入社3年目になって、メーカーに出向することになり、以前のようなハードワークからも解放されました。平日は遅くまで仕事することはあっても泊まり込みはなく、土日は休めたので、パソナキャリアの担当者との打ち合わせの時間も取ることができました。

人材紹介会社を決めてから2ケ月かけて、パソナの担当者に指導してもらいながら、職務経歴書をいちから作り直しました。

半年間で9社面接、全て最終面接まで進めた

そして、4ヶ月後に初めての面接に臨みました。最初は、自動車メーカー関連会社の電子部品部門でした。筆記試験はなく、技術部の部長など3人と私で面接を1時間くらいしました。

面接の内容は、技術的な話しがほとんどで、私がしてきた仕事を詳しく話しました。そして結果は、内定決定でした。私のスキルが認められた瞬間でした。

それから、半年間で担当者が紹介した9社と面接を行い、全ての企業で最終面接まで進むことができました。退職時期を3月と決めていたので、2月の1ヶ月間で1社に絞るために、担当者と電話や面談を繰り返しました。

待遇面や仕事内容の検討はもちろんのこと、社風なども教えてもらいながら、地方への移動がない、中堅の通信メーカーに決めました。

パソナキャリアの担当者には心から感謝

新しい会社に入ってみると、担当者の言っていた仕事内容や社風など会社の情報は間違っていなかったので、パソナキャリアの担当者には、心から感謝しました。

私の転職は成功だったと思っています。しかし、この成功の陰には、人材紹介会社の転職コンサルタントの支援があったことは言うまでもありません。