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海外老舗アウトドアブランドの日本企画立ち上げに携わるも、結局1年間タダ働きに

職業:アパレル関連のデザイナー
困った依頼:海外老舗ブランドの日本企画 

ある海外ブランドの日本企画立ち上げに協力

アパレルの企画、デザインをフリーランスで数年やっている関係で、時々新規のクライアントから話が来ることがあります。

その仕事はグラフィックデザインをしている知人からの誘いで、ある海外ブランドの日本企画を立ち上げるので協力してほしいというものでした。海外ブランド自体は昔人気はあったものの、近年はまったく稼働していない、言わば名前だけのブランドです。

この業界にはかつて一世を風靡したブランドでも今は実在していない場合が多く、その版権だけで稼ぐ企業が結構あるものです。

アメリカやヨーロッパなどに多いのですが、例えば80年代や90年代までは展開されていたもののその後はライセンスだけにしてしまったり、実際は日本の企業が権利を持っていてその名前を貸すことでビジネスにしていることがあるのです。

調べてみるとここもそうなんだと思うところがかなりありますので、私達が普段目にしているブランドの何割かはそういった可能性があるものです。

クライアントは年商40億円規模の有名アウトドアブランドなので安心

知人が持って来た話はヨーロッパのアウトドアブランドで、かつて私も好きだったブランド、しばらく見ないとは思っていましたが、要は最近になってブランド展開をしていないところのものでした。

それを日本でもう一度立ち上げようという企画で、知人の会社がディレクションをするのでそれを毎月の企画料で契約してほしいとのことでした。

聞くところによると友人の会社は年商40億ぐらいの規模ですので、大企業とまでは言わないまでもある程度安定しているようですし、知人も長く勤めていたことから安心感はありました。

拘束が少なく企画料も月40万円ほどと、フリーランスにとってはいい仕事

私は数社の仕事を掛け持って受けていますが、その中にあっても面白そうなプロジェクトには違いないですし、企画料も月40万ぐらいは貰えるような話をしていたので、個人のフリーランスでやっている私達にとってはいい仕事だと言えます。

それも自分のこれまでの知識やセンスが活かしやすそうなジャンルということも大きな魅力に感じました。

さらに拘束されるのは週に一、二度のミーティングが基本、もちろんコレクションや展示会の時期は忙しくなるでしょうが、時間の調整はしやすいと判断しました。その他の依頼は4月、10月が繁忙期だったのに比べ、そのブランドに関してはさらに早まって1月と7月あたり、つまりそれだけ大きな規模の仕事だとも言えたわけです。

長く続くブランドを目指し入念な準備をしたうえで商社や大手セレクトショップに交渉

担当は知人が窓口ですし、これ以上やりやすい条件はないとも思えました。彼とは学生時代から20年来以上付き合いもあるので、お互いの力量も把握できているうえでのスタッフ構成だとも言えますし、自分の適性を理解してくれたうえでの起用だと私は認識していました。

ディレクター担当でもある彼がまず大まかなマップを作るので、それに関する資料を少しずつ付け加えていく作業をしたうえで、商社や大手のセレクトショップに交渉していくことになりました。

行き当たりばったりではなく、ある程度売り上げも見込めると踏んだうえでのスタートがいいだろうという彼の判断でしたが、いろいろなブランドが立ち上げてすぐやめてしまうのを数多く見てきた私も同感でした。

多少準備に時間を要しても、始めてから長く続くほうがメリットが多いと思ったからですが、それだけ思い入れの深いブランドにしたいという希望もあったということです。

気がつけば無償で1年間経過してしまっていた

プロジェクト自体は企画が私と知人を含めて3名、営業が2名、生産管理は1名で縫製などの工場背景は全てアウトソーシングになりますので外部との契約という構成です。数字が大きくなってくればスタッフを増やすことになるのですが、まずは最低限の人数で始めることが基本でした。

ただ営業はその会社の他事業部も協力体制だと言うので、ある程度は期待できると踏んでいましたが、私はあまり面識がなかったので営業の力量までは把握できていませんでした。

何しろまだサンプル作成までも行かないわけですから、まず案件を無事スタートできる状況に持っていくことためにプランニングを組み立てることが優先だったわけです。

話が来てから1年が過ぎましたが、その時点であまり進展がないままでした。契約は現にプロジェクトが具体的に動き出してからということだったので、私は無償で1年関わっていたということになるのですが、他の仕事で稼げていたのと多少忙しかったこともあり、気付いたら1年経っていたというのが正直なところでした。

しかしよくよく考えてみれば、素材の手配や販売ルートを開拓するうえで、周囲に協力を要請していたのも事実で、それなりに個人的な出費が発生していました。

2年目に入り予算がカットされ計画が白紙に。結局1年間はタダ働きに

それが2年目に入ると急に担当の知人が連絡してくる機会が激減します。おそらく会社からの予算がカットされて、プロジェクト自体が暗礁に乗り上げかかっていることが想像できました。

正直なところ知人の進め方があまりにスローだったために会社が予算を見直したのだと思うのですが、それから半年してまた白紙になると言われました。

この1年以上の協力がまったく報われず、単なるタダ働きで終わりました。ミーティングは週一とは言え、それに用意する資料には膨大な時間が掛かっています。彼はまだ終わったわけでは無いと言いますが、客観的に見てまず進む可能性は低いでしょう。

気持ちのどこかで淡い期待は残っていますが、何か裏切られた気持ちなのは確かです。それとともに長い付き合いだった知人との関係も、何となくすっきりしないものになってしまいました。